自分の女の体が、動物としての役割と捉える。
『推し、燃ゆ』 宇佐美りん
もう読んだだろうか?第164回芥川賞受賞作だ。
話し言葉のカギカッコの使い方が、なぜ?そこは使うの?そこは使わないの?
なにを読ませたいのだろう。
著者の意図を探りながら読む。
肉体の重さをコントロールできず、日常をうまくやり過ごせない彼女は、推しを推すときだけ重さから逃れられる。
重さを背負って大人になることを、つらいと思ってもいいのだと。
彼女は彼と一体化し、彼の呼吸、痛み、全てが自分の体に伝染してしまう。
物語としてではなく、宇佐美りん自身がそんな生き方をしているのではないかと受け取った。
皆が難なくこなしている日常がへたっぴで、その皺寄せでぐちゃぐちゃになる。
だけど、推しを推すことが彼女の生活の背骨である。
それは絶対。
推しが燃えたことで、背骨が崩れ去る。
SNS、Twitter、地下アイドル、ADHD、20代のリアルを若者言葉でヌメッとした生々しさとザラザラした現実を。
宇佐美りん独特の文体で綴っている。
デビュー作「かか」と非常に似た世界観で、宇佐美りんワールドってこういう感じなのねと、若さと新鮮さを味わいながら気づいたら軽々と読了。
「かか」はこちらのぺーじへどうぞ。
文章を読むというより、体で感じるという方がこの本の読み方は合っている気がする。
体温を感じる。
文章の中に浸かりながら、推しを推すことが業である。
一生推すことで生きられたのに。
推しを取り込むことで、自分の生が成り立つ。
伝染する。
このヌメリと背骨の重さが。
なるほど。これが芥川賞か。
初読と2度目の通読はまるで味が違う。
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